2026年5月 店主日記
台風で壊れた蔵が、なぜそのまま使われているのか。
水と、塩と、焼酎のある島
旅で出会った焼酎を、三階松で
三階松では、店主が実際に旅先で出会った焼酎をご提供しています。
その土地の温もり、水、空気、そして人。
本や情報だけでは伝わらない”本物の価値”を、自分の目で見て、肌で感じ、蔵元の想いを直接受け取ってきました。
だからこそ三階松では、ただの「お酒」ではなく、“物語のある一杯”としてお届けしています。
私の原点となった旅「屋久島」
数ある旅の中でも、今でも鮮明に心に残っているのが屋久島の旅です。
もともと屋久島は、私の「人生でやりたいこと100リスト」に入っていた場所でした。
その想いがきっかけとなり、実際に足を運ぶことになります。
往復10時間の縄文杉登山。
決して楽な道のりではありませんでしたが、ガイドさんから聞いた屋久島の自然、歴史、人の話は、今でも鮮明に記憶に残っています。
ただ――
本当の感動は、言葉ではなく「その場の空気」でした。
湿度、温度、森の香り、水の透明感。
それらは、実際にその場に立たなければ決して分からないものです。
屋久島には、とにかく雨が降ります。「月に35日雨が降る」なんて言われるくらい。でもね、あの雨がすごいんです。何千年もかけて育った苔の森に吸い込まれて、岩の奥深くへしみ込んで、やがて湧き水になって地上に戻ってくる。その水が沢になり、川になり、海へと注いでいく。島全体が、ひとつの大きな水の旅をしているんです。
その水で仕込まれた焼酎があります。その川が流れ込む海で作られた塩があります。
初めてあの塩を口にしたとき、「きれい」という言葉しか出てきませんでした。雑味がないというより、余計なものが何ひとつない。島の水が、そのまま塩になったような感覚でした。焼酎も同じです。一口飲んだとき、あの森の空気がふっと頭をよぎりました。
次の世代へ繋ぐために
この体験は、自分だけのものにしてはいけない。
そう思い、今年の5月、三階松の2代目にも同じ景色を見せたいと考え、一緒に屋久島へ行くことにしました。
言葉で伝えることには限界がある。だから連れていく。あの水を飲んで、あの森の中に立って、同じ空気を吸ってほしい。それだけでいい。
これから三階松で、お肉の説明、焼酎の説明、塩の説明をしていく上で――
「体験しているかどうか」は、必ず伝わると考えています。
ただ知識を伝えるのではなく、実際に感じたものを、自分の言葉で語ること。
それが、お客様の心に残る体験になると信じています。
三階松で体験していただきたいこと
三階松で提供しているのは、単なる焼肉でも、単なるお酒でもありません。
「旅の記憶」と「土地の物語」を味わう体験です。
島の清水で仕込んだ、
まっすぐな一杯。
苔の森を抜けてきた、
雑味のない湧き水。
清流が注ぎ込む海から
生まれた、きれいな塩。
焼酎を一口飲んだとき、その奥にある風景を少しでも感じていただけたら嬉しいです。
1日目 本坊酒造へ
9時30分、屋久島到着。レンタカーを借りて、まず向かったのは本坊酒造です。三階松でもご提供している、屋久島を代表する蔵元。屋久島の焼酎を語るうえでは外せない場所です。
二代目・綾真にとっては初めての訪問。私は以前にも見学したことがありますが、何度来ても発見があります。
11月と5月、同じ蔵の違う顔
前回訪れたのは11月。焼酎づくりの最盛期で、芋と麹が発酵する音と香りが蔵全体を覆っていました。
今回は5月。焼酎づくりはしていません。今の時期は芋の苗を植える季節です。屋久島で育てた芋、屋久島の水で焼酎は作られています。蔵は静かでも、次の一杯の準備はもう始まっていました。
2年前、私が訪問した頃、屋久島は大規模な台風に直撃されました。本坊酒造も被害を受け、焼酎づくりで最も大切な麹室が壊されました。麹室には長年かけて住み着いた麹菌がたくさん生きていました。
新しく建て直された麹室ですが、いたるところに以前の柱や壁材が使われています。理由はひとつ——住み着いた麹菌を残すためです。鰻屋さんの秘伝のたれのように。
杜氏の感覚が生む焼酎
本坊酒造では、麹をつける作業の温度管理を杜氏の感覚で行っています。温度調整の手段は、天井の通気口と入口の扉のみ。その扉の上部には目盛りがあり、1cm単位で開口部を調整しているそうです。
今の時代、エアコンで温度管理は簡単にできます。それでもあえて手仕事にこだわる。これこそが蔵の焼酎に対する想いだと思いました。
同じ麹室の中でも場所によって温度が違い、手の感触で麹を山盛りにしたり、平らにしたり、入口に持ってきて温度を下げたり——これを1時間単位で繰り返します。
伝えなければ、埋もれてしまう
愛知県は焼酎文化があまりない土地です。この蔵の想いは、正直なところまだ十分には伝わっていません。
だから私たち飲食店がお客さんに伝えなければ、こだわりと想いを持って作られた焼酎が、ただの大量生産の焼酎に負けてしまう。杜氏一人でできる仕事には限りがある。だからこそ生産量は極めて少なく、屋久島でしか飲めない焼酎になるのです。
前回(11月):「大自然林 芋」「水ノ森 芋」「屋久島地杉樽熟成」
今回(5月):「大自然林 麦」「ウイスキー樽仕込み 大自然林 麦」 各2本
大自然林 麦
ウイスキー樽仕込み 大自然林 麦
屋久島の気温、湿度、杜氏の想いとこだわり、蔵に住み着いた麹菌——すべてが一本に詰まっています。グラスを傾けるとき、ぜひその奥にある景色を想像してみてください。
本坊酒造の職人としての想いを聞いた後は、屋久島の自然の壮大さを堪能しました。
屋久島の大自然を気軽に味わうには「西部林道」
一枚岩の大迫力「千尋の滝」
日本の滝100選「大川の滝」


