石田さんの牛舎へ──命を育む場所で、肉屋の責任を見つめ直す

冬の澄んだ空気が広がる朝、私は石田さんの牛舎を訪れた。
牛舎の前では、まだ一か月にも満たない子牛が日向ぼっこをしている。
「この子たちは生まれてまだ一か月も経っていないんだよ」──石田さんは優しく目を細める。
一般的に多くの生産者は市場で子牛をせりで購入するが、石田さんは母牛から子牛を生ませ、一から愛情を注いで育てる。
生まれたばかりの子牛は病気のリスクが高い。だからといって成長ホルモン剤や強い薬剤に頼るのではない。
石田さんはビタミンを多く含む独自配合の餌で、子牛の免疫力を自然に育てる道を選ぶ。

さらに、一般的には次の出産のために早く引き離される母子を、石田さんはあえて一緒に過ごさせる。
「子牛にストレスを与えたくないから」。
角についても同じだ。通常は安全のために切り落とされるが、石田さんは角を切らず、丁寧な管理と安全な環境づくりで向き合っている。
効率なんか二の次。牛が健康で、幸せに過ごすことが一番だから
彼の牛舎は、ただの生産現場ではない。命を育む温かな場所だった。
牛への愛情と、肉屋の責任
「お肉はどうやって提供していますか?」と問う石田さんに、私は迷わず答えた。
「塩です」。
その瞬間、石田さんの顔に広がった笑顔は、まるで自分の子どもを褒められた親のようだった。
愛情を込めて育てられたお肉だからこそ、私はその本質を引き出す方法として塩を選ぶ。
肉屋には、ただ切って売るだけでなく、生産者の想いをお客様へ橋渡しする使命がある。

- サシの多い部位 ⇒ きめ細かな塩+ゆっくり火入れ=脂の甘さを引き立てる
- 赤身 ⇒ 粒が粗い塩+余熱活用=食感と力強い旨味を活かす
切り方・厚み・焼き方、そして塩の選び方──一つひとつの工程に技術と経験が宿る。
けれど何より大切なのは、生産者が注いだ愛情を受け継ぎ、お客様の心に届けることだ。
「お肉の真の美味しさ」とは──脂の融点に宿る差
世間ではA5ランク=最高品質と語られがちだが、それは主に見た目(サシ・色調)の評価に過ぎない。
本当の美味しさは、もっと深いところにある。鍵の一つが脂の融点だ。
| 区分 | 一般的な融点 | 口どけの印象 |
|---|---|---|
| 輸入牛 | 約50℃前後 | 重く感じやすい |
| 一般的な和牛 | 約25℃前後 | なめらか |
| 石田さんの牛肉 | 約20℃以下(松阪牛級) | 体温でスッと溶け、後味が軽やか |
融点が低いほど体温で自然に溶け、滑らかな口どけと軽やかな後味へ。
だからこそ、私たち肉屋の塩・切り方・焼き加減が、そのポテンシャルを左右する。

受け継ぐ想い
その日、石田さんと交わした言葉は多くはなかった。けれど十分だった。
手間ひまかけて育てられた命を、最高の形でお客様に届けるために。
私はこれからも肉屋の仕事に正面から向き合う。


