
鹿児島の焼酎蔵めぐりで“焼酎の深さ”に触れたあと、名古屋の宮崎料理店で出会った一杯の麦焼酎──青鹿毛(あおかげ)。
その衝撃は、私の中の焼酎の概念を静かに、しかし完全に塗り替えました。
「この焼酎を生んだ蔵を、自分の目で見たい」──そう決めて向かった先が、宮崎県都城市の柳田酒造でした。
■ すべては“名古屋で飲んだ一杯”から始まった
私が柳田酒造さんを訪ねることになったきっかけは、実は宮崎ではなく名古屋でした。
名古屋の宮崎料理店で、お店の方にすすめられて飲んだ一杯の麦焼酎──それが「青鹿毛」です。

それまでの私は、「麦焼酎=軽くてスッキリ」というイメージを持っていました。ところが青鹿毛はまったく違う。
グラスを近づけた瞬間に立ち上がる香ばしさ、口に含んだ時の力強さと奥行き、なのに飲み口はやわらかい。
鹿児島の焼酎蔵めぐりで麹・水・甕・蒸留・造り手の想いを学んだあとだったからこそ、その異質さがはっきりわかったのだと思います。
「この焼酎をつくっている人に会いたい。この香りの正体を知りたい。」
その想いが、今回の柳田酒造訪問のスタートでした。
■ 「今、仕込みに使っているのは、100年前の雨です。」
蔵に到着して、最初に案内していただいたのは仕込み水でした。
芋ではなく、まず水の話から始まるあたりに、柳田酒造さんのこだわりを感じます。

そこで聞いた一言が、私の心に深く刺さりました。
「今仕込み水として使っているのは、100年前──江戸時代に降った雨なんです。」

雨が地面に染み込み、長い時間をかけて地層でろ過され、ようやく湧き水として姿を見せる。
私たちが何気なく口にしているその一杯は、人間の一生よりも長い時間をかけて旅をしてきた水でした。
この超軟水の湧水が、青鹿毛や赤鹿毛の「丸くて力のある香り」の土台になっている。
グラスの中の一滴に、100年分の時間が溶け込んでいる──そう思うと、もうそれだけで味わい方が変わります。
■ 麦なのに力強い「青鹿毛」──秘密は“馬の毛ろ過”
青鹿毛の第一印象は、「麦なのに、こんなに力強いのか」という驚きでした。
香りは華やかで香ばしく、それでいて嫌味がない。余韻が長く続き、赤身肉に負けない存在感があります。
その理由のひとつが、柳田酒造さんが大切に守っている「ろ過の方法」にありました。
一般的な焼酎のろ過は、フィルターを通して雑味を取り除きます。
しかし青鹿毛は、名前の通り「馬の毛」を使ってろ過をしているのだそうです。

馬の毛でのろ過は、決して効率のいい方法ではありません。
時間も手間もかかります。それでも柳田さんは、そこにこだわる理由をこう語ってくださいました。
「青鹿毛らしい“息づかい”を残すには、このやり方じゃないとダメなんです。」
フィルターで一気にろ過してしまえば、たしかにスッキリはします。
でも、青鹿毛が本来持っている生命力や、麦の香りのふくらみまで削いでしまう。
だからあえて、非効率でも“馬の毛ろ過”を続けているといいます。
効率よりも、「青鹿毛らしさ」を優先する。
その姿勢に、三階松の塩焼肉づくりと同じものを感じました。
■ 焼酎の個性に合わせて“蒸留ノズル”まで変える蔵
柳田酒造さんのすごさは、水やろ過だけではありません。
造りの中でもう一つ衝撃を受けたのが、「焼酎ごとに蒸留ノズルを変えている」という話でした。
通常、多くの蔵では同じノズルで蒸留を行います。
しかし柳田酒造さんでは、銘柄ごとにノズルの形状・太さ・角度を調整し、その焼酎が一番“香る”ポイントを狙っているとのこと。

・青鹿毛の香ばしさ
・赤鹿毛の甘みと厚み
・麹や原料の違いによる香りの立ち上がり方
これらを最大限引き出すために、蒸留の出口であるノズルまで作り分けている。
そこには「香りの正体をとことん追いかける蔵」としての執念を感じました。

まさに、科学と職人技が同居する世界。
「どうすれば一番おいしく香るのか」を突き詰める姿勢は、三階松での焼きの温度管理にも通じるところがあります。
■ 娘のために造られた一本の焼酎「千本桜」

技術の話以上に、私の心を揺さぶったエピソードがあります。
それが、「娘さんのために造られた一本の焼酎」の物語です。

小さい頃から、娘さんが好きなお菓子や味、香りの傾向をずっと観察し続け、
「この子が大人になったとき、きっとこういう味を好きになるだろう」と想像しながら仕上げた一本。
それが焼酎「千本桜」です。
この話を聞いたとき、焼酎はただのアルコール飲料ではなく、
「人の人生そのものを閉じ込めた飲み物」
なのだと、あらためて感じました。

造り手の人生、家族への想い、過ごしてきた時間──。
そういった目に見えないものも、確かに味の一部になっている。
そのことを教えてくれた一本でした。
■ 「作り手の想いを知れば、何倍にも美味しくなる」

蔵案内の最中、柳田さんが何度も口にされていた言葉があります。
「作り手の想いを知れば、焼酎は何倍にも美味しくなる。」

この言葉を聞いた瞬間、胸の中で「これだ」と思いました。
まさに今、私が三階松でやろうとしていること──それは、
「生産者さんの想いをお客様に伝える架け橋になること」だからです。
ただ焼酎を飲む、ただ焼肉を食べる。
お腹を満たすだけの飲食なら、正直、どこで食べても同じかもしれません。
でも、「なぜこの焼酎なのか」「どんな人がつくっているのか」というストーリーが加わると、その一杯は“思い出の一ページ”に変わります。

お腹を満たすことはもちろん大切です。
ですが私は、それ以上に「心も満たされる飲食体験」を提供したい。
柳田酒造さんの言葉は、その想いをあらためて強くしてくれました。
■ 三階松で楽しむ、青鹿毛×塩焼肉のペアリング
三階松で青鹿毛をご提供するとき、私が特におすすめしたいのが赤身肉とのペアリングです。
青鹿毛の香ばしさと力強さは、次のような部位と相性が抜群です。
- シンシン
- マルシン
- ランプ
- トウガラシ
- カイノミ(香りのノリが良い部位)
ポイントは、タレではなく「塩」で、火入れはミディアムレアにすること。
肉本来の香りと旨味を引き出したところに、青鹿毛の麦の香ばしさと余韻が重なると、
「ああ、さっき蔵で聞いたあの話は、この一口のためにあったのか」と、きっと感じていただけるはずです。
■ 柳田酒造が教えてくれた「味の向こう側」
柳田酒造は、香りと向き合い続ける蔵でした。
- 100年前の雨が、今仕込み水としてグラスに注がれていること。
- 馬の毛ろ過で、青鹿毛らしい息づかいを残し続けていること。
- 焼酎ごとに蒸留ノズルを変え、最も香るポイントを追い続けていること。
- 娘さんのために一本の焼酎「千本桜」をつくった物語があること。
- そして何より、「作り手の想いを知れば、味は何倍にも美味しくなる」という信念。
この蔵を訪れたことで、三階松での焼酎の出し方、お客様へのお声がけ、メニューの書き方──そのすべてが変わりました。
三階松で青鹿毛を飲むということは、ただ一杯の焼酎を飲むことではありません。
柳田酒造さんの想い、宮崎の水と時間、そして私自身が現地で感じた空気ごと味わっていただくことだと思っています。

もしよろしければ、三階松でぜひ一度、
「塩で焼いた赤身肉 × 青鹿毛」という一皿と一杯を体験してみてください。
きっと、あなたの中の“焼酎のイメージ”が静かに塗り替わるはずです。



