岩井ウイスキーを
楽しむ夜
屋久島の水が運んだ、一本の縁の話
あなたに、少し話を聞いてほしいんです。
焼肉屋を営んでいると、お酒との出会いは思いがけないところからやってきます。私の場合は、鹿児島の離島——屋久島でした。
島の人がこう言ったんです。「屋久島の水はね、超軟水やけん、とにかく柔らかかとよ」と。その言葉が気になって、島に根ざした本坊酒造の焼酎を口に含んだとき、思わず言葉が止まりました。
こんな焼酎、今まで飲んだことがなかった。
その日から、本坊酒造のお酒が三階松の棚に並ぶようになりました。お客様にも「これ、飲んでみてください」と自信を持って出せる一本として。
「愛知の近くにも蒸留所があるんですよ」
本坊酒造の方とお話しているうちに、そんな言葉が出てきました。聞けば長野県、中央アルプスの麓にある「マルス駒ヶ岳蒸留所」のことでした。
標高798メートル。3,000メートル級の山々が生んだ清らかな水と、深い霧に包まれた冷涼な空気がウイスキーをゆっくり熟成させる場所です。
これは行くしかない、と思いました。焼肉屋のおやじが、ウイスキーを求めて長野まで。我ながら笑えますが、でも行って本当によかった。
蒸留所の棚に並んでいたのが、「岩井トラディション」でした。その名前を見て、私は思わず立ち止まりました。
岩井喜一郎という人物を、知っていますか。
「岩井」という名前が気になって調べてみると、一人の男の物語が浮かび上がってきました。
1883年生まれの醸造技術者、岩井喜一郎。彼がジャパニーズウイスキーの歴史に刻んだ最大の仕事は、1918年のある決断です。当時まだ若かった技術者・竹鶴政孝を、はるかスコットランドへ送り出したこと。
「日本のウイスキーの父」と呼ばれることになる人物です。
竹鶴がスコットランドで学んだウイスキー製造の記録——通称「竹鶴ノート」——は岩井のもとに届けられ、そのノートをもとに岩井は蒸留所を設計しました。岩井がいなければ、竹鶴もなく、ニッカもなかった。そう言われるほどの人物です。
その岩井喜一郎の名を今に伝えるのが、この「岩井トラディション」というウイスキーです。
駒ヶ岳から持ち帰った、2本のことを話させてください。
蒸留所で出会った岩井トラディション、今回は2種類を仕入れてきました。どちらも同じ「岩井」という名を持ちながら、まったく異なる個性があります。
(白ラベル)
シェリーカスク(金ラベル)
白ラベルは食事と一緒に、ハイボールで。黒毛和牛の脂をさっぱり流しながら、料理の邪魔をしない、でも確かな存在感がある一杯です。
金ラベルは、食後に。焼肉を食べ終えた満足感の中で、グラスをゆっくり傾けてほしい。シェリー樽で追熟されたその濃密な甘さは、特別な夜の締めくくりにぴったりです。
なくなれば次の出会いはわかりません。
今夜の1杯が、特別な1杯になるかもしれない。
屋久島の水から始まった縁が、長野の山を経て、あなたのグラスへとつながる。そんな夜を三階松で過ごしてもらえたら、これ以上うれしいことはありません。



